ディスパッチャー補佐の訓練~運航補佐OJT編&運航補佐無線OJT編~

前回、お仕事紹介でディスパッチャーについてご紹介しました。
今回は、ディスパッチャー(運航管理者)補佐の訓練OJT編について体験をまとめます。

実務訓練は、緊張で失敗ばかり…つらい思いもたくさんします。
しかしそれも、自分を成長させる為には重要な訓練なのです。

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座学訓練終了後は運航補佐OJT

ディスパッチャー座学訓練が終了すると、いよいよ現場でのOJT(On the job Trainingは、実務訓練)が始まります。

時間にして平均、約200時間近いOJTのカリキュラムをこなさなければなりません。
規定上は200時間近いOJTで設定されていますが、個人差によっては倍の訓練時間を要する場合もあり、半年以上のOJT期間を設けられる場合もあります。

最初の1週間は全体の流れを掴む為に、インストラクターの実務を見学している事が殆どです。1週間を過ぎると、少しずつOJTを実施していきます。

OJTの初めは、運航補佐訓練として、主にパイロットとブリーフィング(双方で行う各報告や状況説明等の事)を実施します。
パイロットとブリーフィングを最初から実施するのは緊張の連続です。

頭は真っ白!言葉が出てこない!

天気概況、飛行航路上の揺れ、目的地空港の滑走路や混雑状況等、情報提供する事は事前に頭で纏めているものの、実際パイロットを目の前にすると、一瞬にして頭が真っ白になり、言葉が出てこないのです。

これはやばいと思っているから尚更言葉が出てこないし、落ち着こうと思っても時間ばかりが過ぎているし、インストラクターは簡単に助けてはくれないしで、今すぐ家に帰りたい衝動にかられます。

また、そのような私の姿を見ているパイロットの苛立っている姿が見えるのです。

勇気を振り絞ってようやく言葉が出てきたと思えば、声が震えていて、パイロットからは、聞こえないとか、もう一度言ってとか言われ、委縮してしまって黙り込んでしまうことが度々ありました。

誰しもが経験することですが、経験不足は仕方ないのですが、言葉が出てこないのは、曖昧な勉強しかしておらず、知識が不足していることが殆どなのです。インストラクターからは必ず知識不足を指摘され、OJT期間中は毎日居残り勉強をしたものです。

居残り勉強はありがたいのですが、早朝から勤務している時は、眠くてインストラクターの話が頭に入ってこなかったり、実際に寝ていたりと、逆効果な事も。

今となっては大変申し訳ないと思う気持ちでいっぱいになりますが、私の最初のOJT訓練は苦い思い出しか記憶に残っていないのです。

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並行して運航補佐の無線OJTも実施

パイロットとのブリーフィングと並行して運航補佐の無線OJTが実施されます。

この無線OJTは、飛行している航空機に対して飛行航路上に運航を阻害する雷雲の有無、顕著に揺れている場所等、運航を阻害する要因を主として無線を通じてパイロットへ提供します。

無線の周波数は共用で使用している為、他の空港の職員も同様に使用します。
その為、長々と無線で話すことはナンセンスであり、簡潔に話すことを纏めて、パイロットへ伝える必要があるのです。

しかしこの無線は地上から先にパイロットへ交信することはあまりありません。
パイロットから地上に対して交信される事が常であり、何を聞いてくるのか最初は分からないのです。

勿論、何を聞いてくるのか分からない為、インストラクターに教わりながら話す内容を予め準備しておきますが、準備している以外の事を聞いてくる事も日常茶飯事です。しかし無線は待った無しなのです。

飛行している航空機のスピードは当然ながら速く、調べている間に事が過ぎ去ってしまいます。あがり症の私にはOJT中の無線訓練は非常に嫌でした。
無線で答えられない事も多々あり、何度もインストラクターに怒られました。

あまり答えられないとパイロットからの信用を失う為、無線は毎日必死に訓練しました。こればかりは慣れるしか無い為、場数をこなし、でもその分怒られました。

最も緊張するのは悪天候の時

日頃より自らコミュニケーションを取っている職員は話が慣れている為、準備していない事でも機転を利かせて答える事が出来たりしますが、現況を正確に伝える事が一番重要な事である為、誰でも結局は調べる必要があります。

一番無線の中で緊張する場面は、悪天候の時で、飛行機が空港の着陸出来るか出来ないかの瀬戸際のコンディションの時です。私は、何故か悪天候に当たる時が多かったのです。

神様は意地悪だと何度も思いましたが。緊迫な状況になると、何を言っているのか自分で分からなくなる時があり、無線のマイクを握る事が臆病になった時期がありました。天候不良の時は「もう話したくない」っていつも思っていました。

しかしこの経験が後に自分を成長させる為には重要な訓練でした。

もし悪天候の経験が少なかったら、アドバイスが下手な運航補佐であったと思います。
嫌ながらもよく辛抱して、経験により吸収したと、自画自賛です。

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